さくらの独り言

うゎーん(つд⊂)どうした今年のさくら家!? 19年、最後の締めくくりは義母入院 泣

2019-12-20

 

いつもと変わりない春節(2019年は2月4日)を過ごし、さあ、今年も頑張りましょうと本腰が入り始めた頃に義父が入院し、後急逝。

以降、喪に服しながら、通常の生活を取り戻し、年の真ん中は大きな出来事なく普通に過ごし、最後も何とか無事に終われそうだと思った11月末、子どもたちの連続体調不良&義母関節負傷で動けません&そういう時に限って旦那が日本出張とな。

ちょうど私自身も仕事で大事な会議を控えていて、仕事休めない、家事もやんなきゃいけない、毎日のクルマ通勤で疲労に拍車という中で何とか気合いで乗り切ったばかりだった我が家に、最後義母の入院&手術という大きな大きな事件がやってきました。

普段から家のことを義母に任せっきりだった私、そのツケが来たのかと覚悟を決めました。

今日は、切羽詰るほどブログを書きたくなる私のココロの叫びを聞いてください。

義母が激痛で大変なことに

ウチの義母、御年63歳。まだまだ若く、元気で、万象学()では231という驚愕なパワーを持つ人です。ただ、パワーがあるからこそやり過ぎてしまう面もあり、それが肩や腕の痛みとなって出ることがありました。

病院ではこれまでは肩周炎(いわゆる五十肩)と言われ、「重いものは持たないように」との指示を受けてました(今まで2回くらい同じ症状で病院に行き、同じことを医師から言われている)。

 

義父が健在だった頃は、買い物は基本的に2人で出かけ、荷物などの力仕事は義父が担当することで、2人のバランスが取れていました。

ところが、義父がいなくなり、平日の仕事時間帯だと私たちも家にいないので、いろんなことを義母1人で頑張ってしまうように。

以前よりも肩や腕が痛いという頻度が増えた感じはあったのですが、こちらが注意したり、義母自身もコントロールするようになり、日常生活に困るほどの痛みが出ることはありませんでした。

 

それが先日、友人同士で行った農家楽ツアー(田舎に出かけて食事や友人との時間を楽しむツアー)の帰り際に、先方が良心でパッキングしてくれたお土産を断るに断れずに持って帰ってきたことが原因で、右上半身が激痛で動けなくなってしまうという事態に。

お土産は無農薬の手もぎみかんや白菜など重いものばかり。地下鉄のある駅までバスで移動し、そこから重い荷物を持ちながら地下鉄を乗り継いで帰宅したもんだから、その無理が祟って肩の激痛に見舞われたのでした。

 

最初はまた五十肩だろうと言って前の中医にかかればいいなどと言ってたのですが、どうもこれまでの痛みとは全然違って、その何倍も痛い。いつもだったら数日すれば収まるのに、今回は3日経っても激痛のまま。

痛みで夜も眠れないので、頭痛にも見舞われ、寝ても痛い、起きても痛いで散々な数日を過ごしていたのでした。

 

子ども二人が相次いで40度の高熱!

今年の上海は、気温高めの日が続いた後に急に下がるという大きな気温変動が何回かあり、体調を崩す子どもが急激に増えてきています。手足口病を始め、インフルエンザやマイコプラズマなどが出て学級隔離や学級閉鎖をするクラスも少なくありません。

そんな中、遂に我が子たちも体調を崩してしまい、滅多に熱を出さない上の子が40度という高熱を出して学校を休むことになりました。

家に薬があったので最初は病院に行くことは考えてなかったのですが、今、学校では体調不良で休む場合、必ず病院に言って診断を仰ぐように言われます。もし感染力の強い病気だった場合に、学級隔離や学級閉鎖をするかどうかの判断をするためです。

病院ではインフルエンザの検査と血液検査をして、上の子は「咽炎」という診断でした。

病院に行った日の夜、上の子は熱が引いて、いつものやんちゃ君に戻りました。で、学校から帰ってきた下の子とぺちゃくちゃ喋ってて、あぁ、もう大丈夫そうだなと思った2日後の朝、顔を真っ赤にして起きてきた下の子が。

 

「しまった、インフルじゃなくても上の子と下の子をちゃんと隔離しとかなきゃいけなかった!」

 

私の気遣いが足りず、上の子にマスクを強制させてなかったんです。

下の子の熱を測ったら40度。あちゃー、また病院連れて行かなきゃorz...

 

で、こういう時に限って、旦那は日本出張中、義母は激痛で動けず。

こんなワンオペも久々だなぁなどと思いながら、私担当の会議が控える中、仕事を休んで義母の介護、上の子のフォロー、下の子の看護をすることになり、てんやわんやでした。

 

旦那帰宅でなんとか仕事クリア

旦那も出張中は大変だったみたいで、超クタクタになって帰ってきました。

でも、私も猫の手を借りたいくらい大変だったので、クタクタな旦那にムチ打ってアレコレとお願いして、大事な会議は通常どおり出勤+残業をしてを乗り切り、何とかひと山越えました。

その後はクルマを検討する余裕も出てきて、試乗に行きーの、売買契約を交わしーの、納車を待ちーの、という段階で

キタ――(゚∀゚)――!!

義母の肩の検査結果が出て、手術が必要だとの診断が下りました。

なんと言うこと、orz....

 

ベッド待ち

義母は肩が不自由ながらも自分ができそうなことはやってくれていたし、少なくとも子ども単独で家に残さなくて良いので、仕事中も家の心配をしなくて良いという安心がありました。

でも、これが入院となると話は別。

頼れる大人がいないので、また怒涛のワンオペで乗り切らなきゃいけません。

こういう時、職場が遠いっていうのは本当にデメリット。。。

減給覚悟でいっそのこと1週間丸々休みを取るか、年初の時みたいに私が遅刻早退して取り持つか。

 

しかもこういう時に限って、また大事な会議が控えてるんですよね、私。

 

普段、ウチの会社は家の用事などで休むことにものすごく寛大なのですが(上長が家を優先していいとはっきり言ってくれる)、重要度の高いイベントとなるとさすがにうーんとなることがあり、今回はまさにうーんと言われるレベルの仕事なので、とても休むなどと口に出せず。。。

今、義母はベッド待ちなのですが、どうか手術の日が大事な仕事の日と重なりませんように。義母も早く治したいと焦ってると思うんだけど、あと1週間遅いタイミングだったら完全に家を優先にできるので(上長にも相談しやすいし)、より安心して入院してもらえると思うんだ。

 

アイを雇うこと

私は事あるごとにアイ(お手伝いさん)を雇ってはどうかと声かけしてたのですが、義母は他人を家に入れたくない派で、今の家に引っ越す前まではアイさんなしで孫の面倒から掃除、洗濯、食事の支度を全部やってくれてました。

今の家に引っ越してからは、さすがにちょっと歳も取ってしんどくなってきたので、知り合いの家で雇ってるアイさんに頼んで、週に2回、お掃除だけしに来てもらってます。

でも、私が一番雇いたいのはお食事を作ってくれるアイさん。

市場に買い物に行き、台所に立ってあれこれするのも結構疲れる作業だし、義母の味付けが甘め濃いめで、ご飯の炊き加減が硬すぎなのがストレスに感じるレベル(私が)なので、義母の負担軽減にもなるし、ずっとご飯アイさんを雇ったらどうかと提案してきていました。

でも上海人あるあるの外地人蔑視というか、「外地人の作ったご飯なんて食べれない」と断固拒否してきて困っています。

現状、手動かせない、ご飯つくれない中でアイを雇わなかったら、その仕事は誰がやるんですか?

あなたの息子はあなたのその素晴らしく周到な手出しのおかげで家事1つできないオトコに育っちゃったじゃないですか?

これって、私がやれ!という暗黙の命令なの!?

勝手にアイを雇ったところで、その人と実際にやりとりしなきゃいけなくなるのは義母なので、ここで私の希望を貫くわけにもいかず、ちょっとしんどいところ。さぁ、実際はどうなることやら。

 

スミマセン、とりとめないですがココロの叫びを文字にしてみました。

 

 

 

追記という名の毒出し

あ~ぁ、この農家楽ツアーのお土産、時価総額にしておおよそ数十元の為に、病院でウン千元も使うことになった義母って、一体何なんだろ。

これが、「損したくない」とか「もらえるものはとりあえずもらっとく」という上海ジジババあるあるの根性を丸出しした結果だということを是非とも肝に銘じて頂きたいですね。

 

毒吐き終わり。

 

 

 

スポンサーリンク



役立つ情報盛り沢山!
他の上海ブロガーさん記事はこちらから↓
PVアクセスランキング にほんブログ村
  • この記事を書いた人

しゃんはいさくら

2004年~大連留学を経て、2005年~上海在住。 現在、夫、日中MIX子ども×2、義母の5人で生活してます。 会社でも家庭でも中国人に揉まれながら、のらりくらりとやってます。

-さくらの独り言

© 2020 しゃんはいさくら